2021/9/13

丹沢の大山でカレーライス・・・雨の日はのんびり  トレッキング/旅行
 
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最近雨続きで運動不足。

さらに、日本酒ばかり飲んでいたら・・・

人生で最高の体重になってしまった・・・。

少し、体を動かそうと思ったが、あいにくの雨。

オーバーウエイトでも膝に優しい自転車を諦め、

ザックにレインウエアーを突っ込む。



出発が遅い時間になってしまったので、

丹沢表尾根を軽くトレランしようと思ったが、

車窓から雨雲が低く掛かった大山を見て予定変更。



独立峰の大山は雨が降り易く「雨降山」の別名で雨乞いの山としても知られている。

江戸時代には山岳信仰の山として。江戸市民には富士山と並ぶ人気。

江戸が百万人の人口の時代に、年間20万人の大山詣での旅行者を集めた。

庶民が江戸から出る事が難しかった時代に、

富士登山や大山詣ではツーリズムとして大人気だった。

現在の国道246号線は当時は大山街道として夜中も人通りがあったという。

通常江戸から往復5日程度、早い人は2〜3日で往復したとか。



信仰の山の大山は、私が大学生の頃は「大山講」の信者達が

白装束で登る信仰の山だった。

大山講の人々を案内する神官の「先導師」は江戸時代には150人も居た。

今も、参道に並ぶ宿は先導師が居る。


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緊急事態宣言下で、さらに雨降りが重なり、観光客も登山者も殆ど居ない。

学生時代は、暇があれば散歩気分で登った大山だが、

山頂へは10年以上登っていない。

仕事に海老名に来た折に、気まぐれにビジネス用のウォーキングシューズで登って以来だ。



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大山はアクセスが良いので、気軽に登れる山として人気だ。

標高は1252mで、登り始めの標高が低いので、それなりに登りがいのある山。

中腹にある下社まではケーブルカーが通ううが、

そこまでを男坂で登ると、石段が続き、かなりハードモード。

学生時代は、大山登山マラソンで、伊勢原駅から1時間以内で到達した下社・・・

55歳の足腰には結構堪える。



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下社から山頂までは整備され過ぎない、歴史を感じる登山道が続く。

一部、ドロドロになる所には木道も整備されているが、

基本的に江戸時代の雰囲気を良く残している。

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山頂まではバス停から1時間28分掛った・・・

学生時代はジーンズにスニーカーで1時間15分程度で登っていた。




山頂にある奥の院は老朽化が激しいのか、社は無粋な建物の中にスッポリと収められている。

山頂一帯の環境保全工事が進行中らしく、社もいずれ修復されるのだろう。




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山頂で一休みして、ヤビツ峠に下る。

このコースは木道も整備されていて、尾根筋は走れる所も。

いい気になって下りを走っていたら、人生最高の体重が膝に襲い掛かった。

弱い左ひざに違和感があったので、庇いながら走っていたら

ヤビツ峠に着く頃には、右膝にも違和感が。

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丁度天気も怪しくなったので、膝と天気の様子見も兼ねて、

新しく出来た休憩所に立ち寄ることに。

ロッジみんたいな作りで、内装も洒落ている。

秦野市が丹沢の観光振興の為に建設して、民間の運営。

ネットで「クロモジ茶」が美味しいと書かれていたので、一度立ち寄ってみたかった。


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クロモジはツマヨウジの材料となるクスノキ科の木だが、

新芽や樹皮にシナモンの様な芳香がある。

ホットのお茶を注文したら、きれいな緑の生の葉がポットのお湯に漂っていた。

爽やかな苦みと香り。

アイスティーにするときには、樹皮を煎じる。

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しばらくオーナー夫妻と話すうちに、特製カレーの話に及んだ。

令和天皇がお若い時に、丹沢さんに登られ、その時に出されたカレーを忠実に再現している。

当時、秦野市内で料理教室を開いていた、オーナーの祖母に依頼があり、

ホテルや大使館ののシェフなどに教えを請い出来上がった特製カレー。

秦野の野菜とポークをじっくり煮込み、隠し味には自家製のチャツネが使われている。

このかれーを作った後に、丹沢山に荷揚げしたのだとか。




この話を聞いてカレーを食べずに帰る事は出来ない。

おぎりぎを食べた後だったが、迷わず注文。

柔らかな辛みで、登山で疲れた胃袋にスーっと収まるカレー。

美味しかった。

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その後もオーナー夫妻と様々な話をして、気づけば1時間以上経っていた。

表尾根に行く気もすっかり失せて、蓑毛に下る事に。

ヤマビル危険地帯ですが、駆け抜ければ大丈夫。



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トレーニングのはずが、すっかり観光トレランとなってしまったが・・・

蓑毛でアスファルト舗装になった辺りから膝の痛みが強くなる。

膝の内側、鵞足と呼ばれる腱の痛みはマラソン時代から苦しんだ、

久しぶりの再発。これ、なかなか治らない。



やはり71kgオーバーでトレランが無謀だった。

平日の飲酒はしばらく止めよう・・・。



















7

2021/9/2

新型コロナ詐欺という自滅政策・・・グレートリセットへの布石2  時事/金融危機

■ 「新型コロナはグレートリセットの好機」と言い出したダボス会議 ■

新型コロナ騒動の当初、私はこれは「経済兵器」で「コロナバブルの崩壊」によって金融システムと通貨システムをリセットする切っ掛けだと考えていました。時同じくして、ダボス会議を主催するクラウス・シュワブが「グレートリセット」を提唱した。

「グレートリセット」はダボス会議のホームページでも説明されていますが、「行き詰った資本主義を変革し、より合理的な統治を目指す」的な曖昧ないメージしか浮かびません。

クラウス・シュワブが先日出版した本では、もう少し具体的に書かれている様ですが、彼ははこの中で「新型コロナウイルスこそが、この改革を進める好機」と言っている。(多分、彼らが仕掛けた)

私はグレートリセットは閉塞した資本主義の改革と解釈していましたが、シュワブの著作では「合理的統治」にもそれなりのウエイトが置かれているらしい。確かに日本やアメリカを見るまでも無く、民主主義はポピュリズムに支配され、トランプという衆愚政治の象徴を生み出すに至った。

日本においても、民主党は党内の派閥争いに明け暮れ、緊急事態に柔軟に対応する能力が無い事が明白になった。さらに国民の多くが批判に明け暮れ、危機の本質に目を向ける事も無い。

この様に機能不全に陥った「近代国民国家」とうう枠組みを、ダボス会議やスーパーエリートは変えようとしているのでは無いか・・・。思い浮かぶ言葉は「ニューワールド・オーダー」

私個人としては「超管理社会」の「ニューワールドオーダー(新世界秩序)」には懐疑的だったのですが、シュワブの言動には、これが見え隠れしています。

ワクチンパスポートやワクチン接種の義務化は、民主主義的思想の強気フランスやイギリスでは本来国民の強い反発を生みますが、「コロナの危機」の元では、人々は基本的人権を抑制する制作を容易に受け入れています。

■ 国家の信用失墜と、新しい世界の枠組み ■

ロシアや東欧諸国では、共産主義独裁の影響で、国民は容易に国家を信用しません。

ロシア国民は、ワクチンパスポートの提示を求める店や施設を、反ワクチンのみならずワクチン接種者もボイコットする事で、事実上ワクチンパスポート政策を無効化しました。

ルーマニア国民は政府と政府が勧めるワクチンを信用していないので、国民の1/4がワクチンを接種した時点で、ワクチンが余ってしまった。ルーマニアはワクチンを他国に売ったり、譲渡し始めました。

一方でイギリスやフランス、アメリカや日本などでは、人々は色々と政府を批判をするものの、国家に対する信用は篤い。大多数の人々は政府が指示すれば、粛々とワクチン接種に応じています。

しかし、もし「新型コロナ騒動が政府とマスコミの作った虚構」で「、新型コロナワクチンが多くの人の命と健康を奪う毒」だと国民に知れたらどうなるでしょう。各国の政府は政権を維持する事は出来なくなる、あるいは国民の国家に対する信頼が一気に失われます。

コロナバブルの崩壊によって、金融市場と通貨システムに大きなストレスが掛かった時、通貨の価値を支える国家の信用が失われたらどうなるか・・・。


スクラップ&ビルドにおいては、破壊は一気に徹底的に行う方が効果的です。・・・グレート・リセットとは、意外に大規模なものなのかも知れません。そして、その原動力が新型コロナだとすると・・・・この余りにも脇の甘い「コロナ詐欺」が自滅的な政策である事は否定出来ません。



久しぶりの陰謀論です。
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2021/9/2

新型コロナと放射線・・・思想のリトマス試験紙  新型コロナウイルス
 
■ 「新型インフルエンザ相当」という基準 ■

日本における新型コロナウイルスの致死率は0.12%。これは季節性インフルエンザと同程度です。ですから新型コロナウイルスは指定感染症の5類に分類されるべき。

安倍元首相が退陣前に「指定感染症の運用の変更を検討したい」と発言した通り、専門家の間では「5類が適当」との意見は以前より多い。現在も加藤幹事長が検討を指示している様です。

しかし、現状は「指定感染症の新型インフルエンザ同等(2類相当)」に分類されたままです。2類には強毒性鳥インフルエンザ(H5N1)や、結核、SARS、MARSが含まれています。病院は入院患者に対して、これらの感染症と同等の防疫処置を取る事が要求されます。

一方で、軽症や中症の患者は自宅療養となっており、これは季節性インフルエンザと同じ扱いです。感染を広げるという意味では、厳重管理で病院から出られない患者よりも、自宅から外に出る事も可能な軽症患者の方が余程危険な存在ですが、そもそもウイルスの毒性がインフルエンザより低い(専門家のほぼ全てが認めている)ので、軽症・中症患者の自宅療養は全く問題が有りません。

政府も厚労省も2類から5類への格下げを感染当初より検討していますが、これは未だに実現していません。理由は幾つか推測出来ます。


1)マスコミが「とても危険なウイルス」と国民を洗脳しているので、5類に格下げは
  「国民の命を軽視するな」という批判を生む。「政治的なリスク」が大きい。


2)日本の法律では厚労省や保健所が、民間の病院に患者受入れを「指示」出来ず「要請」
  しか出来ないので、指定感染症を5類に格下げすると、民間の病院に厚労省のコントロール
  が全く効かなくなる。2類ならば「特別措置法」との合わせ技で、いざとなれば「指示」
  も可能。

3)「世界の経営者」の指示で、新型コロナウイルスは「恐ろしいもの」でなくてはならず
  5類への格下げは、首相の政治生命を脅かす。


反ワクチンや反ロックダウンの方の多くも「5類が適当」と言い続けていますが、実際に5類とした場合、民間病院は風評被害を恐れて現在よりも更にコロナ患者の受け入れを拒否するでしょう。これは「風評被害が収まるまで=人々がコロナを恐れなくなるまで」続きます。

マスコミ各社が「コロナ怖い怖いキャンペーン」を終わらせるまでは、5類への格下げは、医療崩壊を助長する可能性が高い。(悪いのはマスコミと、それを鵜呑みにする国民)


■ 「過剰規制」は放射線の基準に似ている ■

新型コロナウイルスを「凶悪なウイルス」と思い込み「政府に過剰な対策」を求める動きは、「ほんの少しの放射線でも人体に有害」としてゼロリスクを求めた福島原発事故当時の状況に酷似しています。

政府に過剰規制を求めている人の多くは「お花畑左翼」系の人か、「真面目な教育ママ」系の人達です。一方で、「福島レベルの放射線はそれ程危険では無い」と反論していたのは「ネトウヨ」系の人です。

「過剰規制を求める」人達は「ルール」を重視する人達、「過剰規制に警鐘を鳴らす人達」は人達は現実主義者(保守主義者)と言い換える事も出来ます。


■ 「お花畑左翼」も「ネトウヨ」も情報を鵜呑みにする ■

「お花畑左翼」は戦後に流布された平和主義に洗脳された人達です。アメリカは日本の再軍拡を防止する為、日本に核武装をさせない為に、マスコミや日教組を使って徹底的に非現実的な平和主義を刷り込んだ。

一方、90年代後半から台頭して来た「修正史観」的な動きは、日本会議を中心とした日本の草の根保守から生まれて来ます。本来は懐古主義的な運動だった。「ゴーマニズム宣言」の登場の頃より、「修正史観」が市民権を得て「ネトウヨ」と呼ばれる「新しい保守主義」が生まれます。実は「ネトウヨ」の多くは「お花畑左翼」的な人達が転向したものだと私は考えています。それなりの学力があり、ネットでの情報収集力のある人が、時代遅れになった平和主義の代わりになる「拠り所」を求めた結果であると考えています。

「お花畑左翼」が「ネトウヨ」に改宗する背景には、日本の成長力の低下や、国際競争力の低下が影響を与えています。

高度成長期で国民の目が上を向いていた時には「理想的な平和主義」を世界に広げるという行為は崇高な理念に思われました。

しかし、韓国や中国が台頭し、現実的な軍事的脅威も高まると「平和主義」は画餅に過ぎない事に気付く人達が現れます。さらに「中国や韓国に抜かれる」という焦りの感情が、保守派を中心に広がっていた「修正史観」に救いを求めるた。

尤も、「お花畑左翼」も「ネトウヨ」も、与えられた「経典」を妄信している点においては大差は有りません。

「お花畑左翼」は教育やマスコミに洗脳されていますし、「ネトウヨ」はネット言論に誘導された感が強い。日中韓の結託を警戒するアメリカは、当然その連携を嫌います。その為に、ルサンチマンから生まれた「嫌韓」「嫌中」をネット空間を利用して増幅したと私は妄想しています。その結果生まれたのが「ネトウヨ」。


■ 陰謀論という新興宗教 ■

トランプの登場でりメディアでも取り上げられる様になった「陰謀論」ですが、一言で言ってしまえば「スーパーエリートが世界を支配している」という妄想です。

アメリカの民主党支持者を例に取ると、彼らは協調主義や平等主義や平和主義など、日本同様にスーパーエリート達の洗脳にドップリう浸かった人達です。

一方、そのような洗脳にうさん臭さを感じる「利己的」或いは「現実的」な人達は、共和党を支持し、この一部がトランプを支持し、スーパーエリートへの反発から陰謀論者になった。

日本でも「ネトウヨ」から「陰謀論」という新興宗教への改宗が、トランプの出現を切っ掛けに置き始め、新型コロナ騒動で拍車が掛かっています。

「新型コロナの国の対策や報道の多くが現実的では無い」と感じる多くの人が、「陰謀論系の情報は本当なのかも知れない」と思い始めています。実際に、新型コロナや、そのワクチンについて、速い時期から正確な情報を発信していたのは陰謀論系にブログです。


■ 思想のリトマス試験紙 ■

図らずも新型コロナ騒動や、放射線騒動は、人々の思想のリトマス試験紙となっています。


1)お花畑左翼系

  ・高齢者や真面目な教育ママ系が多い
  ・戦後平和主義をご神体とする
  ・マスコミ報道を鵜呑みにする
  ・政府に批判的であるが、国家は無意識に信頼している
  ・国が面倒を見てくれると妄信している


2)ネトウヨ系
  ・若い人が多かったが、現在は中年や高齢者も増えた
  ・修正史観を経典とする
  ・ネットから情報を集める傾向が強い
  ・自民党政府を指示している
  ・国家は何物にも代えがたい大事なものと信じている
  ・自己責任に理解を示す

3)陰謀論者
  ・空気を読めない人が多い
  ・スーパーエリートという邪神の存在を信じている  
  ・ネットにどっぷり浸かった生活をしている
  ・政府を全く信用していない
  ・国家がスーパーエリートに害されていると信じている
  ・自己責任を取れない経済状態の人が多い




本日は気軽な読みものでした。

  
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2021/8/28

実写映画よりも基本に忠実な『岬のマヨイガ』・・・カメラワークの教科書  アニメ
 




■ 『のんのん』コンビによる震災アニメ ■

『のんのんびより』の川面真也監督と脚本の吉田玲子のコンビの劇場映画『岬のマヨイガ』が公開されました。大好きな監督なので、初日に映画館にGO!!

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原作は柏葉幸子氏の児童文学で野間児童文学賞を受賞しています。私は未読ですが、講談社のホームページにあらすじが書かれていました。

両親を亡くした萌花は親戚に引き取られる為、ゆりえは夫の暴力からのがれる為、岩手県の狐崎にやって来ます。しかし、そこで震災に襲われ避難所に逃れる。そこで身元を問われて困惑する所を、山名キワとおう老人に助られる。萌花は「ひより」、ゆりえは「結(ゆい)」という自分の孫だと老人は良い、彼女達を岬の古民家に誘う。そこから女性3人の奇妙な同居生活が始まるが・・・どうもその家は不気味な気配が漂い・・・。

原作は事故で両親を失った少女と、DVを逃れて夫との絆を絶った女性という設定ですが、アニメでは「ひより」の設定はそのままですが、結は女子高生で父親の暴力から逃れて来た事になっています。祖母-母-娘という疑似家族が、祖母-姉-妹という疑似家族に置き換わっている。

東北をアニメで元気にするプロジェクトで制作される3本のうちの1本だそうです。


■ あえて小津的な演出を封印している ■ 

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『岬のマヨイガ』より

川面真也監督と言えば『のんのんびより』で見せた「固定の長回し」や「間の長さ」など小津安二郎の正統な後継者と言えるアニメ作家です。(私的に)

時間の魔術師・・・『のんのんびより りぴーと』の川面真也監督 「人力でGO] 2015/8/1

しかし、今回の作品では、敢えて小津的な演出はされていません。移動カメラも多しし、カット数が極端に少ない事も無い。川面監督らしく間は少し長めですが、『のんのんびより』程は長くはありません。これは映画の尺との兼ね合いでしょう。

ただ、あえて言えば、縁側に3人が腰かけておむすびと食べるシーンが、3人が正面(カメラ)に向かって話すという小津的なカットになっているなとニヤリとさせられる。(縁側に並べば当然ですが)


少し話が逸れますが、小津安二郎は黒沢明とならぶ世界的な映画監督で、ゴダールやトリフォーなど熱烈なファンも多い。

極端な固定ローアングルの長回しを特徴としていますが、同時にイマジナリーラインを無視して人物達が並んでカメラ目線で会話するという不思議な演出をする事でも有名です。私は小津の小津らしさはむしろ後者にあると感じています。違和感がハンパ無いのです。
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四角いちゃぶだいだとカメラに収めた時に誰かが後ろ姿になってしまいます。一般的なホームドラマでは丸いちゃぶ台を使ってこれを解決します。丸いちゃぶ台ならば、カメラ側に人が座らなくても自然に見えるからです。

ところが、小津の場合、カメラに背を向ける位置に居る人が、クリりとカメラに向かって会話をします。これはイマジナリーラインを無視した構図なのでとても違和感があります。

普通の監督は、イマジナリーライン内にカメラを置いて会話する人の視点で撮影するか、先述の様には丸いちゃぶ台を用いて、カメラ側に人を配置せずに引いた視点で全員の表情をカメラに収める場合が多い。

イマジナリーラインとは会話する人と人を結ぶラインで、例えば会話のシーンではこのラインに近い位置にカメラを置くと、主観視点で相手と会話をしていると自然に感じる様になります。このラインの外側にカメラを置くと客観視点になります。

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『岬のマヨイガ』より

これはちゃぶ台で食事をするシーンをイマジナリーラインの外側から描いています。キヨおばあちゃんは後ろ姿になる。ところが小津映画では、後ろ姿の人が振り向いて喋るから違和感ありまくりで、それが映像の個性となる。


話が逸れましたが、『サクラダリセット』でもそうですが、川面監督は普通の演出で普通に作品を撮る事も出来る。むしろ、TVシリーズの『のんのんびより』は相当に狙った演出をしていますが、キャラクターの強さがそれを支えています。


■ 実写映画のカメラワークを研究し尽くしている ■

『岬のマヨイガ』のキャラクターはシンプルな描線で描かれ、影の漬け方も薄いので平面的です(絵的に)。ところが、2次元キャラのアニメを観ているのに、私は実写映画を見ている錯覚に襲われました。「小劇場で上映される様な日本の実写映画」を見ている気分になった。

これは、川面監督が徹底的に実写映画のカメラワークを研究し尽くしているから、そう感じるのだと思います。縁側を少女二人が拭き掃除するシーンが典型的ですが、引いたアングルで全体を収め、ローアングルで後ろと前から捉え、さらにカットアップを3回繰り返す・・・これ、完全に実写映画の演出です。特にカットアップで時間の経過を表す方法などは、古典的映像実験なので、今の映画ではあまり見る事が無く、ニヤリとさせられます。」

■ 震災をテーマにした映像作品では頭一つ抜けている ■

作品の前半は徹底的にアニメ的な動きや演出は抑制され、震災被災地で生きる人を、どれだけリアルに描くかに重点が置かれます。震災を嘆き悲しむ人達では無く、被災地を離れずに逞しくそこで生きる人達の血の通った生活が被災地の風景を背景に描かれて行きます。これ、震災をテーマにした様々な作品の中でも、頭一つ抜けている。

被災地の悲惨さや、人々の心の傷をこれでもかと見せつける作品は多いのですが、被災地の風景を背景に、それまでの生活を普通に生きている姿を描く事で、むしろ彼らの心の痛みが視聴者にジワジワと伝わる。漫画では『リバーエンドカフェ』が近い肌合いです。

■ 人と不思議が同居する遠野 ■

『岬のマヨイガ』は児童文学ですから、当然子供が喜ぶ仕掛けがされています。それは、彼女達が暮らす古民家が「妖怪=マヨイガ」なのです。

「マヨイガ」は山の中を移動うする妖怪で、山で迷った人をもてなしす事が大好きです。さらにマヨイガから何かを持ち帰ると、その人は成功して財を成すとキヨお祖母ちゃんが語ります。3人が暮らすマヨイガは、若い娘達の為に、こじゃれた家具を用意し、暖かいお風呂を準備し、そして水が飲みたいと言えばコップの水を用意する・・・。

さらに、東北地方の妖怪や、お地蔵様達が登場して・・・物語の中盤以降は、児童文学を原作とした作品らしさが出て来ます。

特にカッパは素晴らしかった。動き、セリフ回し・・・どれを取っても最高のカッパです。

■ 「原作もの」の難しさ ■

児童文学原作という事で、同じ吉田玲子脚本の超名作『わかおかみは小学生』を期待してしまいますが、今回は少し肩透かしとういか、吉田玲子にしては筆が重い感じがします。

原作を大幅に改変すれば、もっと違う作品になったと思いますが、後半は特に原作に引っ張られてしまった感じが強い。少女の成長のイニシエーションとして敵との戦いが設定されるのはアニメや児童文学としてはオーソドックスですが、この映画に関して言えば、このクライマックスこそが作品の質を下げています。

確かに敵は、人々の傷ついた心の象徴ではありますが、この作品にスペクタクル要素は似合わない。もう少し地味な敵の方が良かった・・・。

原作のエピソードも丁寧に拾っているので、それぞれのエピソードに深みが無い感じもします。もっと要素を減らしても良かったかも・・・。


■ 戦犯は大竹しのぶと芦田愛菜 ■

ネットなどではキヨを演じた大竹しのぶと、結を演じた芦田愛菜を褒める声が多いのですが、この映画に魔法が掛からない元凶はこの二人の声優起用です。

大竹しのぶの声は重すぎて怖い・・・。朗読劇をやっている様で、感情が感じられません。一方で、昔話を語るシーンは、超絶クオリティーな実験アニメ映像によく声が乗っていました。(ここだけ切り取ればアヌシーで賞が取れる)

芦田愛菜は、いくら感情の起伏な少ない子の役とは言え・・・あまりに棒です。語尾に感情が全く乗らない。

一方、両親を無くしたショックで喋れなくなった「ひより」は、当然喋らないので映像で全てを語ります。筆談する鉛筆の音や、僅かな顔の表情の変化が、下手な声優よりも雄弁に彼女の中の、ささやかな感情を拾い上げます。もう、可愛くて、可愛くて、抱きしめたくなってしまう。(ロリじゃないぞ)


私はアニメ映画に俳優を起用する事に昔から反対です。ジブリが始めた手法ですが、宮崎監督などは「声優のオーバーな演技より俳優の自然な演技が良い」と言っていた様ですが・・・・これ単に観客を動員する為に考案されただけだから。〇〇さんが声優に挑戦。すばらしい演技!!って前宣伝して客を集める。

やはり声優と俳優では、天と地との差が有ります。ただ、主人公が少女だったりする場合は、舌足らずな俳優のセリフ回しが妙にマッチする事も在りますが・・・。


■ 観に行くべきか? ■

『岬のマヨイガ』を観に行くべきか、行かない方が良いのか・・・。

映像を勉強されている方達は、絶対に行かなければいけません。アニメで実写を再現する方法はいくつかありますが・・・これ程までに正攻法でそれが成り立つ事に驚愕するでしょう。

一方、一般的なアニメファンや、映画ファンはどうか・・・。多分、丁寧な作品とか、背景がキレイという印象しか持たないでしょう。映画を観終わった後のワクワク感が少ない。


初日の夕方に回に新宿のバルト9で観ましたが、観客は若い男性(多分『のんのん』のファン)が20名程、それと中年の夫婦と、若い女性が一人。


『わかおかみは小学生』の時は子供連れが居ましたが・・・緊急事態宣言下というのもあって、子連れは皆無。子供向き映画としては可哀そうな状況ですが・・・これ、子供向きじゃないから、コアな映画ファンこそが楽しめる作品だから・・・。

正直な感想としては、この映画誰得なの???  そう思わざるを得ないが、オレ得な映画である事は確かです。

川面監督、パナイわぁ〜〜



<追記>

川面監督と言えば、音への拘りがハンパ無い監督ですが、今回の映画も「自然の音」に満ちていました。ただ、音楽が邪魔・・・曲数は半分でイイかな。羊文学による主題歌も単体で聞けば良い曲ですが、エンディングとしてはどうかな・・・。

あと、劇場の問題かも知れませんが音が大きすぎる。


<追記>

実は川面監督の演出をこれ程褒めておいてなんですが、昔話のシーンの「超絶作画」の劇中劇bに全部持って行かれました・・・。これ凄すぎます。予告で観たアヌシーのグランプリ作品の『カラミティ』の映像の凄さと相まって・・本編が完全に喰われてマス。

アニメを真剣に勉強しているアナタ・・・この2つの「超絶作画」を観たら人生が変わるかも知れません。『カラミティ』は9/23公開。


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『カラミティ』より
2

2021/8/27

トザツーで「都民の森」と「三頭山」を登る  トレッキング/旅行
 





登山+自転車ツーリングの「トザツー」シリーズ。

今回は東京近郊の自転車乗りなら大好きな「都民の森」へヒルクライムしてから

都民の森の在る、奥多摩三山の一つ「三頭山」に登ってみます。

三頭山は奥多摩湖から登ると「奥多摩三大急登」の一つを越えるハードなコースですが

都民の森からは「高尾山の次に登る山」と言われる初心者向けの山。

山頂の標高こそ1542mですが、都民の森が標高1000m程度なので、

ちょっとしたハイキングでしょう。




「トレランシューズ・・・えーい、今日は置い行こう!!」


・・・大丈夫か?おい・・・・
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