2019/9/10

劣化する「日本人」・・・当たり前の事  時事/金融危機
 

■ 凄い台風でしたね ■

強い勢力を保ったまま関東地方に上陸した台風15号。各地で様々な被害をもたらし、首都圏の交通も大混乱。

私は、日曜日の昼間から、ベランダのゴーヤを泣く泣く片付け(強風で支柱ごとネットが飛ばされる可能性があるので)、バジルを刈り込んで(塩害で葉が痛む可能性が有る)ジェノバソースを大量に作って台風を待ちましたが、待てども待てども、それらしい気配は無い。一杯飲んで寝て待つ事数時間、午前2時頃に強烈な風の音で目覚めました。

北風だったので、ベランダの植物に大きな被害は有りませんでしたが、家の前のアパートの改修工事用の足場が、今にも崩れるのでは無いかという勢いで揺れていました。

いつもは、家の外に出て、台風の威力を「体感」しながら、台風を心の中で「エアレポート」して楽しむもですが、今回だけは、飛来物が怖くて外に出る気にもなれませんでした。

■ 台風の片づけをしない日本人 ■

翌朝の9時頃には、風も止み晴天が広がりました。

マンションの廊下やロビーやエントランスは、木の葉や濡れた段ボールが貼り付いて、酷いありさまでした。管理人さん一人で片づけて頂くのは酷なので、一緒に片付けました。・・・ところが、60住戸ある住人が一人も片付けに出て来ない。・・・自分の玄関前さえ片付け無い。

お仕事の方は仕方ないとして、「専業主婦」って何やってるのでしょう???

午後に仕事で都内に出て再び驚愕しました。商店街の歩道が街路所の葉でびっしり埋まっているのに、商店主も、大型店の店員も、誰も歩道を片付ける人が居ません。

・・・・日本人って、こんな国民だったでしょうか・・・。

■ 田舎では出来ていた事が、都会に出て来ると出来なくなる ■

私は自転車で千葉県の田舎に毎週の様に遊びに行きますが、街が汚れている所は有りません。シャッター商店街でも、街にゴミ一つ落ちていません。

田舎道で小学生や中学生とすれ違えば、かならず彼らは向こうから「こんにちは」と元気に挨拶してくれます。駅のホームですれ違う中学生男子ですら、挨拶してくれます。

田舎では「大人に会ったら挨拶する」「家の前にゴミが落ちていたら片付ける」というのは当然事で、それが出来ないと生きていけない。

ところが、田舎から都会に出て来た途端、近所の人に挨拶もしない、家の前にゴミが落ちていても拾わない人に成ってしまいます。

■ リアル社会の匿名化と規範の消失 ■

田舎では近所の目が有りますが、都会の住人は「匿名の誰か」です。これは、田舎の閉塞的な社会に辟易していた人には好ましい環境ですが・・・人は「匿名の誰か」に成った途端に「社会性」と「規範」を喪失します。

「匿名性」はネット社会の重要な要素ですが・・・だんだん実社会がそれに侵食されて来ている。

N党などに投票する人達が少なからず存在する昨今、「匿名性」が社会を内側から崩壊させていくのでは無いかという恐怖を感じる、台風一過の一日でした。


ネット時代は「監視社会」などと言われていますが、「リアル社会の匿名化」は、それよりも怖い事なのかも知れません。



<追記>

私は某テーマパークに仕事で行く事が在りますが、ゲストの前では満面の笑みを振りまくアルバイト達は、社員用ゲートの守衛の前をを無言で通り過ぎて行きます。挨拶をするのは正社員や外人ばかり・・・。

そんなアルバイト達も、敷地内を巡行するバスに乗る時には「お願いします」、降りる時には「ありがとうございます」と運転手に挨拶します。何故なら「決まり事」だから・・・。

「匿名性」の行きつく先は、「考える事の欠如」や「自発性の喪失」なのかも知れません。その方が社会は「管理」し易い。
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2019/9/10  18:44

投稿者:鍛冶屋
台風お見舞い なにはともあれ、ご無事で何よりです。
去年は当地の当たり年で、17号・20号・21号・24号と立て続けに襲来し、とくに21号は強烈で被害甚大でした。51時間に及ぶ停電を、まさか日本で経験するとは思っていませんでした。

自分は田舎暮らし挫折組です^^;)。
言いたいこともいっぱいありますが、いや田舎のあのコミュニティに後から入るのは相当たいへんですって...。あと2世代(自分ら世代が重鎮役)くらい代替わりすれば、かなり様変りすると思いますけでねぇ。
いっそ、近隣コミュとは決別して唯我独尊を貫くのもよいのですが、しかし此度のような大きな災害時に見舞われた際は文字通り死活問題になります。難しいですなぁ・・・。

2019/9/10  13:54

投稿者:人力
777さん

まあ、南房総にも色々ありますから。

ただ漁師町とヤクザは切っても切れない関係ですよね。まあ、関わり合いにならなければ良いだけですが、商売をするとなると、お付き合いも当然出てくるわけでして...。

高齢化が進み、ヤクザ屋さんもシノギが厳しいご時世ですが、海の家だけで一年食べて行けるハズも無く....。

栄町、中学生の頃、友人よドキドキしながら映画を見に行きました。「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士達」だったかな。発砲事件に後で、結構緊張しました。栄町も昔の怪しい賑わいは無くなりました。

2019/9/10  13:18

投稿者:777
木更津はヤクザが多いです
先日、矢部謙三でヤクザに潜入捜査する話がありましたが

撮影に使われた建物は
なむら興業という木更津のヤクザの建物でした


木更津の花火大会とか行けばわかりますが
怖いですよ…
色々います


あと、じいちゃんの知り合いにも、ヤのつく自由業のかたがいましたが
彼らはいい人だし強そうでした


 そもそも木更津の民度は低すぎる。やくざを県議から国会議員にさせる民度なのだ。木更津で飲食店を始めるためには、やくざ代議士の色紙を店内に飾る必要があった。


秦野章は、自ら拳銃を手にして暴力団・やくざと戦った。

「やくざと知らないで、有望な青年と見込んで助けてやった。
数年後に成功したという祝いの会に呼ばれた。そこにハマコーが、隅っこの方にいるではないか。びっくりしたよ。
やくざ組織を知らないで、のこのこ参加してしまった俺もバカだった。応援した青年が、やくざの大将だったとは!
ハマコーは、やくざ仲間ではチンピラだったんだ。ア、ハハ」




 千葉市の栄町が、歓楽街として有名であることは、千葉県人ならだれでも知っている。

歓楽街のエンジン役が、麻薬・覚せい剤

 大量に密輸される麻薬取引の拠点の一つが千葉県である。海から、空から密輸される。



2019/9/10  11:16

投稿者:人力
777さん

私は幼少期に田圃の中の一軒家で育った為か、都会の景色ばかり見ていると息が詰まりそうになります。

田舎への移住に成功した人、失敗した人、様々だと思いますが基本はコミュニケーション能力かと思います。

都会のコミュニティーに疲れて田舎に移住しても上手くいくはずは無く、都会でも自然に人の輪の中心に居るような人は田舎でもそれなりにやって行けると妄想しています。

私は田舎の人と話す機会がも多いのですが、部外者だから皆さんガードが下がるのか、家族構成から娘息子の住んでいる場所や職業、ご両親の話までしてくれる人が多いです。こちらの事には意外に無関心で「何処から来たの」程度しか聞かれません。飲み屋に行くと新しい店の出店計画から図面まで見せてくれたりします。(やはり、コミュニティの中で話せないからでしょうか)

様々な千葉の田舎に行きましたが、南房総はよそ者に対する警戒感は薄いようです。漁師町気質ともいうのでしょうか。

私の住んでいる浦安の旧市街周辺も漁師町気質で、近所づきあいは夕飯のオカズの一品を交換しあうような付き合いです。「おばさん、ちょっと子供見ててくれない?」なんて頼める付き合い。妻が田舎出身なのでそういうコミュニティーに溶け込むのが上手いのです。

「将来移住したいんだよね」と言うと田舎の人は口を揃えて「仕事無いよ」「老後に住むには最高だよ」と言います。

私としては老後の移住なんて面白くも何とも無いので、やはり移住するならその地域に何か貢献出来る仕事をしたいと考えています。

外から見ると魅力的な田舎も、中から見れば衰退著しい閉塞社会というのは理解していますが、「もうダメだ」と諦めた人ばかりでは田舎は衰退するばかりです。

これからは、外部の優秀なスキルを持った人を積極的に受け入れて活用する様な地域が再興して行くと妄想しています。

2019/9/10  8:38

投稿者:777
田舎生活の愉しみは噂話、悪口と苛めだけ
田舎では選挙で誰に投票したかまで監視されている


移住して5年ほどになる集落居住者がいう。

「怖いのは選挙だ。立会人っているでしょ。あれが、集落の誰は投票に来た、誰は来てないっていうのをみんなチェックしてて、来なかった人間は後から吊し上げられるんだ」

 投票所での立会人も、狭い地域では、顔なじみの古老ばかり。誰が投票しなかったかは集落内で密やかに「共有され」、ときに忠誠が問われるのだという。仮に自治会に入れたとて、日常のあらゆる局面で、監視と縛りが待っている。移住組の70代主婦はこうこぼす。


田舎の人は素朴だということは真っ赤な嘘



で、田舎の人は素朴で親切だということは全くの偽りである。


田舎の人は好奇心が強い。集落に自治体の勧めによる中古住宅などを買って棲み始めると近所の人の好奇の目に晒される。やれ、出身地はどこだ、大学はどこを出ている、現役時代はどんな仕事をしていて役職はなんであったかなどなど。



どう答えたところでやっかみの目に遭う。



しかも彼らは絶対に自分たちのことは言わない。これは長野県のあちこちを回ってきたおまわりさんの口から語られたことなので、真実だ。



そして、一挙手一投足が村の噂として流され、雪かきなどで嫌味を言われて村八分の状態になる。



そういうことを覚悟しなかったら、村の集落に終の棲家を求めるなどと言うタワケタことをしてはいけないのだ。

わたしもパソコン教室の先生をヴォランティアでやってみたが、「ヤッテランネェヨ」と言うことになった。

与えることばかり多くて得るものはごく少ない。それが村人に混じって暮らす田舎暮らしの真相。


そして、集落の「つけ火して、煙り喜ぶ、田舎者」との交際を避け、別荘地に棲むべきだという週刊新潮のこの記事は、実際に田舎暮らしをしている身にとっては、まるでキリスト教徒が新約聖書を崇めるようにありがたい記事であった。



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