2011/4/18

春は毎年訪れます・・・佐倉のチューリップ  エコロジー
 

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印旛沼のほとり、千葉県佐倉市と言えば、江戸時代に老中を大勢輩出した堀田家の所領。11万石という小藩でしたが、江戸の東側を守る重要な地でした。

現在は通勤圏という事もあり、駅の周りは住宅地として開発されています。少し駅から離れると、のどかな田園風景と印旛沼の静かな水面が広がります。

印旛沼のほとりはサイクリングロードが整備され、色とりどりのサイクルウェアーに身を包んだサイクリスト達で賑わいます。この道は、金メダリスト高橋尚子が小出監督と共にトレーニングした場所でもあります。

その遊歩道沿いに、とても日本とは思えない光景が広がっています。
風に回る風車と一面に広がるチューリップ畑は、ここはオランダかと思える光景です。

この写真は17日に撮影したものですが、来週頃まではチューリップが見ごろを迎えています。

「フラワーフェスタ」の案内ページhttp://www.city.sakura.lg.jp/syoko/ivent/tyurippu/tyurippu.htm

会期中、車は混雑しておりますので、京成佐倉駅からの送迎バスか、京成臼井駅から徒歩がお勧めです。

臼井駅からは少し距離がありますが、印旛沼の周囲に広がる畑には、この時期キジを見る事が出来ます。キュぇーン!!という鋭い泣き声がしたら、周囲を探してみて下さい、田のあぜ道に身を潜めるキジが見つかるはずです。

繁殖期を迎える為か、オス同士が縄張りを主張して、鳴きあ合っています。良く探すと近くにメスの姿も見つかります。


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印旛沼は霞ヶ浦同様、海水面が高かった平安時代は内海(浦)でしたが、寒冷化に伴う海水面の低下で沼になりました。

周囲の川は皆印旛沼に流れ込み、流れ出る川が無かった為、大雨が降る度に沼の水は周囲にあふれ出し、田畑を水浸しにしました。周辺の古い農家は、高台の上に家が立てられ、屋根裏には小船が用意されている程でした。

江戸時代から海に連なる排水路を作る試みがされてきましたが、完成せず、明治に入ってようやく、花見川が東京湾に繋がり、洪水時の排水が出来る様になりました。(利根川に繋がる長門川は、利根川の増水時には逆流する為水門が空けられません)

印旛沼が利根川水系の為、幕張から東京湾に注ぐ花見川(印旛沼法水路)も利根川水系に分類されています。花見川の河口近くからサイクリングロードが整備され(*1)印旛沼の西沼から北沼を通って、利根川まで抜ける事が出来ます。(*2)

(*1)天戸-大和田間が未舗装。4Km程。この間はロード車は一般道に迂回
(*2) 西沼と北沼の間は、崩落の危険があるので現在通行止め、迂回路があります。

印旛沼サイクリングロードの脇に印旛沼の土手も、先般の地震により地割れが発生しており、所々ビニールシートで覆われていました。

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実はチューリップ畑のある場所は、昔は広大な「田んぼ」でした。
印旛沼周囲の田は、増水時の印旛沼の水面よりも低い場所にあった為、3年に1度は水浸しになっていました。

周囲の農家は、田に周辺開発の建築残土を盛り、排水溝と排水機を設置しました。この際、小規模であった田んぼを集約して、一枚田としては日本一の広さを誇る田んぼに造成し直しました。大型コンバインなどを導入して、大規模農業を営んでいました。

しかし、現在この場所に稲は植えられていません。減反の対象となった田んぼには牧草などが植えられ、一部がチューリップ畑と風車のある広場として整備されています。

「食料自給率40%以下」の実体は、実は国民の米離れであったりする事、目の当たりにする事が出来る場所です。

昨年は春先の長雨で、かつて田んぼだったチューリップ畑は水浸し、今年はその影響かチューリップが小柄で、花も小さめです。

風車の回りのチューリップは毎年新しい球根を植えるようで、今年も見事な花を咲かせています。

周辺には屋台や地元商店会の売店も出て、プチ観光気分が味わえます。

近くにある、国立歴史民族博物館は規模も大きく、展示内容も素晴らしいので、少し早めに家を出て、こちらまで足を運ばれると充実した休日になるでしょう。
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