『ソラニン』
浅野 いにお (漫画)
2005〜2006年
小学館
★★★★☆

『週刊ヤングサンデー』(小学館)に連載されていた青春モラトリアム漫画。実写映画化され2010年に公開予定だそうだ(『ソラニン』(三木孝浩 監督))。
社会人2年目の芽衣子は「ツマラない大人」になっていく自分自身に嫌気がさし、衝動的に会社をやめてしまう。同棲している彼氏でフリーターの種田は、そんな芽衣子からの勧めもあって、大学時代から続けていたバンドの活動を活発化させる。夢破れたかに見えたある日、種田は芽衣子に突然別れを告げるが…。
一言で言って、緻密な漫画、という印象。何から何まで非常によく練られていると思う。出口の見えないトンネルの中を悶々と歩む若者たちの姿を描いた話だけに、漫画としてもダラダラと続きそうなところを、構成の上手さによってそうなるのを巧みに避けている(特に第1巻)。
もの凄い閉塞感。第1巻・第2巻をほぼ同時に買ったにも関わらず、第1巻を読み終わって「このトンネルに出口はあるのか(なさそうだ)」と思うと、続きを読む気になるのに4ヶ月もかかったほど(ただし、第2巻には第1巻ほどの重苦しさはないし、読み始めたら一気に読んでしまった)。2000年代の若者の感じている閉塞感をリアルに描写することに成功しているのだと思う(読んでいてツラいほど)。

ストーリーとしては、出口の見えなかった長い長いトンネルを少しだけ抜ける、という話、あるいは、ずっと眺めているだけだった大きな川にかかっている橋を渡ってみる気になる、という話なんだと思う(ただ、そのために主人公たちは大きな喪失も経験するのだが)。「今この瞬間を精一杯に生きる」ということが「大人になる」ということと全く矛盾しない、ということに彼らが気づき始めたとき(僕にはそう見えた)、物語は終わる。
妙に感慨深いのは、自分がこの主人公たちに全く共感できなかった点(そりゃもうすぐ僕40なんでねぇ…。共感できる方が問題かもしれないけれど)。いまだまともな「大人」になりきれない僕でも、彼らに共感できるだけの「視野の狭さ」をもうもっていない。年をとることのメリットは視野が広がっていくこと。そして、そのことによってどんどん発想が自由になっていくこと。今さら「若者」になんて戻りたくない。
著者が自分自身の考えを直接物語の主人公たちに語らせているわけではないだろうとは思うが、主人公たちは「大人になる」ということを単に「夢を諦め、髪の毛を黒く染め直して、『どーでもいいや』と妥協まみれで生きること」だと考えているフシがある。大人になるってそんなにツマラないことか? それに、「死んだ目をして通勤電車に揺られているような人間にはならない」と息巻いているものの、死んだ目をして悶々としているのはどうせ今だって同じなんだし(ということにも気づいていて、ますます悶々としているんだろうけど)。で、この悶々振りはやっぱり彼らの「視野の狭さ」のなせるワザだと思うんですよね。

主人公たちを見ていて強く感じるのは、彼らが「地に足の着いた生活をおくる」ということと「夢を諦める」ということを混同している、ということ。「大人になる」ために野望を捨てる必要はないし、地に足を着けて初めて見えてくるものはたくさんある(むしろ世界はそうやって広がっていく)。そういった可能性が存在することに全く気づいていない。そういう若者たちの姿が非常に鮮明に描かれている。物語の終盤、トンネルから顔を出して(あるいは、橋を渡りながら)、彼らは何かに気づきつつあるように見えたのだけど、何に気づいたのかが明確には描かれておらず、その点が僕としては消化不良気味…。いい漫画なんだけどね。
最後のライブシーンはやはりバンドの爆音と共に観てみたい(つい押入れからギターを引っ張り出してきてしまいました…)。そういう意味では映画も楽しみなのだが…。でもこの物語が面白いのはこの漫画だからこそだと思うんだよなぁ…。漫画が漫画として完成しているだけに、そのまま映像化しても面白い映画にはならないような…。いくら宮崎あおいが可愛くても、ショボい映画になってしまうのではないかとチと不安。
ちなみに「ソラニン」とは、ジャガイモの皮や芽に含まれている毒成分(C
45H
73NO
15)。ジャガイモの芽をとって食べるのはこのため。悶々としている内にニョキニョキ伸びてきた芽に含まれるソラニンのピリッとした刺激が、青春の苦さってことなのかな?
全2巻
→
Kota's Book Review
→
Terai, S. Web Page
※ ところで、以前なら大学の4年間があればモラトリアム期間としては充分だった。ところが、高学歴化が進み大学全入時代が近づいてくると、モラトリアム期間もその分だけ後に繰り延べられることになってしまった。この漫画では大学卒業の2〜3年後を描いているが、今後大学院が大学教育の中心となると、モラトリアム期間ってのは20代後半にまで延びてくるのだろうか?

0