【はじめに】
センター試験に代表されるマーク式の正誤問題においては、4つの選択肢の正誤がすべて判別できなくても消去法によって正解が得られることがあり、「自分の実力以上の点がとれる」という認識が一般に広まっている。
ところが、選択肢の選び方に関してはある種の「コツ」があり、それをわきまえているのといないのとで得点差が生じることに関しては、意外と知られていない。そのコツとは、ひとことでいえば「自分のよく知らない選択肢は選ぶな」というものなのだが、知識自体があいまいな人などはとくに、こういった基本姿勢と呼ばれるものに対し疑問を抱いているのではないだろうか。
そこで、筆者は、この「コツ」の有無が得点率に影響を与える度合いを、簡単な数学(おもに高校までの「確率」の考え)を使って、しかし可能な限り定量的に分析した。その際、基本事項の理解度および出題形式(選択肢どうしの依存関係)として、現在の大学入試(センター試験)における典型的な出題パターンをモデル化して考察した。その結果、高校生の現状、そして筆者の高校生時代の体験に概ね即した結果を得た。
【準備】
入試における代表的な出題形式「4つの選択肢のうち、正しい1つを選ぶ」について考える。各設問はすべて単問(他の設問の正解不正解に影響されない)とする。また、各選択肢が単体で与えられた場合にその正誤がわかる確率をr(0≦r≦1)とし、判定結果を「○:正しい(と判定)」「×:誤り(と判定)」「△:正誤不明」と表す(ただし、簡単のため、本来誤りのものを間違って正しいと判定したりといった「勘違い」は考えないことにする)。ここで、設問単位での正解率をrの関数e(r)で表すことを考える。
■注:以下において、x^yは「xのy乗」、x/yは「y分のx」、nCrは「n個の異なるものからr個を選ぶ組み合わせの総数」を表す。
【本論】
まず、n個の選択肢のうちx個の正誤が判定できる確率は、
(nCx)×(r^x)×((1−r)^(4−x))と表される。また、
(1)4個すべての選択肢の正誤が判別できた場合・・・もちろん正解を得る。
(2)3個の選択肢の正誤が判別できた場合・・・3個の中に○が入っていればそれを答えにし、×3つだった場合は消去法で残りを選ぶから、正解
(3−1)○を含む2個の選択肢の正誤が判別できた場合・・・○を選ぶので正解
(3−2)×2個の正誤が判別できた場合・・・残った△2個からランダムに1つを選ぶことになるので、1/2の確率で正解を得る。
(4−1)○1個の正誤が判別できた場合・・・○を選ぶので正解
(4−2)×1個の正誤が判別できた場合・・・残った△3個から選ぶことになり、1/3の確率で正解
(5)1個の正誤も判別できなかった場合・・・純粋な4択になるので、1/4で正解
よって、すべての場合を考えたうえでの正答率は、
e(r)=(4C4)×(r^4)×1
+(4C3)×(r^3)×(1−r)×1
+(3C1)×(r^2)×((1−r)^2)×1
+(3C2)×(r^2)×((1−r)^2)×(1/2)
+r×((1−r)^3)×1
+(3C1)×r×((1−r)^3)×(1/3)
+(4C0)×((1−r)^4)×(1/4)
=(r^4)
+4×(r^3)×(1−r)
+6×(r^2)×((1−r)^2)×(3/4)
+4×r×((1−r)^3)×(1/2)
+((1−4)^4)×(1/4)
となる。(これをe1(r)とおく。)
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1つめの式は、前述の場合分けに従って出したもの、2つめの式は、偶然の要素を分かりやすくするために、正誤判明数別にまとめたものである。のちにe2(r)と比較するので注意されたい。
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これによれば、正解率は次のように求まる。
e1(0.5)≒0.73
e1(0.6)≒0.78
e1(0.8)≒0.94
グラフも下の図のように描いてみた。e1(r)のグラフは、3つあるグラフの中で1番上のものである。他の2つに関しては後述する。
この意味は、「この出題形式のテストで約80%の点をとるためには、教科書の60%程度を理解しておき、正しいと認識した選択肢を間違いなく選べばよい」ということである。
【考察1】
実際、筆者も高校時代に60%程度の知識量だったと自覚しており、その力で80%程度の点を(センター試験本番でも)とった。が、ある種の「コツ」をつかむまでは、同程度の知識をもってしても50%そこそこの点数しかとれず、マーク式のメリットを生かすどころか、自分が思う理解度よりも得点率の方が低く出ることに悩んでいた。
最近になって、指導する立場の人間になってから、自分の担当する生徒さんにいろいろと話を聞いたのだが、やはり当時の自分と同じように「一歩抜け出せなくて悩んでいる」生徒さんが多くおり、彼らと話すうちに、彼らに共通する悩みの1つとして
* △の選択肢と、○の選択肢との区別がつかず、選ぶときに迷ってしまう
ことが浮かび上がってきた。そこで、知識量は同じで、ただ「○のものを○と判断できるだけの自信が持てない」というハンデを設けた場合について、同様に考えてみることにした。
【準備2】
以降、本来○と判定すべき選択肢に関しては、無条件に△と判断すると仮定する(つまり、rは「本来×の選択肢を×と判定する確率」ということになる)。ここで、最終的に△として残ったもの(つまり、×と判断されなかったもの)から1つをランダムに選んで正解する確率をe2(r)として表すことを考える。
【本論2】
前述のe1(r)と同様だが、本来○のものについては無条件に△と判断するので、
(1)本来×の3個の選択肢がすべて×と判定できた場合・・・正解
(2)本来×の選択肢のうち2個を×と判定できた場合・・・本来○のものと正誤が判定できなかった選択肢1個の計2個を△と判断するので、1/2の確率で正解
(3)同様に、1個だけ×と判定した場合・・・同様に1/3の確率で正解
(4)0個の場合・・・1/4の確率で正解
よって、e2(r)は次のようになる。
e2(r)=(3C3)×(r^3)×1
+(3C2)×(r^2)×(1−r)×(1/2)
+(3C1)×r×((1−r)^2)×(1/3)
+(3C0)×((1−r)^3)×(1/4)
=r^4
+4×(r^3)×(1−r)×(5/8)
+6×(r^2)×((1−r)^2)×(5/12)
+4×(r^3)×((1−r)^3)×(5/16)
+((1−4)^4)×(1/4)
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2つめの式は、本来○のものも×のものもまとめて、4つの選択肢のうちいくつの正誤が「判定」できたかに注目して計算したもの、いわゆる別解である。e1(r)と比較するうえでは、2つめの式の方が分かりやすいので、こちらも併せて載せておいた。
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これによれば、正解率は次のように求まる。
e2(0.5)≒0.47
e2(0.6)≒0.52
e2(0.8)≒0.74
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参考:
e1(0.5)≒0.73
e1(0.6)≒0.78
e1(0.8)≒0.94
先ほどの3つのグラフのうち、上から2番目がe2(r)のグラフである。また、1番下のグラフは「e1(r)−e2(r)」、つまり、前述した「コツ」の有無によって生まれる正解率の差を計算したものである。
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【考察2】
いくつかの数値を見るだけでも明らかだが、○と△の区別がつく人とつかない人とでは得点率に雲泥の差がある。
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グラフを描くとわかるが、e1(r)のグラフは(0,0.25)と(1,1)を結ぶ直線の上側、e2(r)のグラフは下側に位置する。
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この数値どおり、80%も理解している人と50%しか理解していない人の得点率が同じになるとは考えにくいが、それに近いことは筆者の周囲でも実際に起こっている。ある種「得意な生徒と苦手な生徒とでは世界観からして違う」といっても過言ではない。
e1(r)とe2(r)をそれぞれ2つめの式で比較してもらえれば分かるが、4個の選択肢のうち3個の正誤が判定できたとき、e1(r)では確実に正解するのに対し、e2(r)では、分からなかった選択肢が○のものか×のものかにより、正解率が影響を受ける。つまり、ここですでに運の要素が入るのである。それ以下の数の正誤しか判定できなかった場合についても、双方の式を見比べると、3/4と5/12、1/2と5/16というふうに、その「乗数」に大きな差が出ているのが分かるだろうか。
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この「乗数」は、その数の正誤が判定できたとき、その中に本来○の選択肢を含む場合と含まない場合の数字を平均して求めた正解率である。とくに「5/16」は、1個の正誤は判定できたにもかかわらず、それがほとんど情報としての意味をなさないということであり(4択の正解率1/4と変わらない!)、正直「ひどい」。
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英語の発音問題などでよく、「自分の知らない単語は選ぶな。選択肢はそんなに甘くない」という旨の注意を受けることもあるが、これも同じ理由による。迷うぐらいなら、自分の知らない単語は機械的に排除して、残りの中から正解を選んだ方が、平均の正解率は上がるということである。
また、e1(r)とe2(r)のグラフをよく見ると、この出題形式においては多くの生徒にとって「r=0.6」という時期がひとつのキーになることも読み取れる。試しに、同じrに対するe1(r)とe2(r)の差を同様にグラフ化してみたが、これが最大になるのはおおよそr=0.6付近であり、その値は約0.26にもなった。
一朝一夕にはいかないだろうが、ある程度の知識を身に付けたら、瑣末なことにはとらわれず、全体の流れを復習しながら、同時に実際の出題形式に沿った問題演習を積んでゆくことによって、何よりまず正誤問題に慣れ、自分の判断に対する自信が持てるようにもっていくこと。これが最も重要ではないだろうか。もっとも、それ以上の得点率を目指すなら、純粋に知識量を増やすことも必要になってくるが、それもまた、実戦に即した練習の中で(結果を出しながら)徐々に身につけるのが近道であろう。
【まとめ】
ここでは、簡単な数学を用いて、「4個の選択肢の中から正しい1個を選ぶテストにおける点の出かた」について、迷いの有無を考慮に入れて調べ、その結果について考察することにより、正しいものをきちんと「正しい」と判定することの重要性、その他の心構えなどについて、数値データに基づいた提言を行った。