小本川での出来事
「夜中に響く怪しい水音」
動物の生きている姿に触れたいと思うなら、「野宿」が一番です。
多くの動物は「夜か、朝早く」行動しますから、時には「感動に満ちた光景」を目にすることが出来るかも知れません。
また、そうした一方で、「奇怪な現象」に遭遇することも稀にはあります。
これは、そんな経験の一つです。
夏の風物の一つに「アユの友釣り」があります。
暑い夏の盛りに川に立ち、「涼風」に吹かれての「アユ釣り」は何物にも変えがたい「魅力」の一つです。
知人の中には、
「あんな面白いことを覚えたら仕事にならない」。
と言って「アユの友釣り」を、「覚えよう」としない人も居たくらいですから。
昔から釣りの時間帯は「朝まずめ」と「夕まずめ」が良いことになっています。太陽が「昇る時」と「沈む時」であり、「魚達」がちょうど「食事」をする時間帯ですから、魚の動きが「活発」になるからです。
この時間帯に合わせての「釣行」となると、「川べり」に「野宿」しての「釣り」が何かと便利になります。
「川べり」に「テント」を張ったり、時には「木の陰」に「寝袋」に入ったまま、「ゴロ寝」して「朝」を待つのです。
そのような「釣行」の中でも、「釣り」を思いきり「エンジョイ」出来るのが、「2泊3日」の「アユの友釣」でした。
行き先は、「安家川」から「小本川」、「閉伊川」であり、野宿しながら「釣り三昧」の「三日間」を「呆ける」のです。
これらの「河川」は「自然」が極めて豊かです。それだけに、「動物との出会い」などでも多く、毎回と言ってもいいほど、「驚かされること」が沢山あったものです。
この「驚き」があったのは、「岩泉」の「小本川」でした。
「友人」と二人で、「2泊3日」の「豪華」な「釣行」でした。
前の日は「岩泉」の「安家川」で釣り、この日は「小本川」で釣りを堪能しました。
夕暮れになって「宿泊」の準備のため「テント」の設営をしました。
「アユの友釣」は「オトリのアユ」やら「釣竿」、「クーラーボックス」など「大量の荷物」が伴います。
ですから、「明日」のことを考え、釣場に近い場所にテントを設営します。
選んだ場所は、「本流」から離れたところで、「入り江」のような「地形」には流れのない静かな「水面」が広がっていました。
近くの「水の中」に「オトリのアユ」を「慎重」に沈めます。もし、この「オトリのアユ」が弱る様なことでもあれば、明日の釣果に大きく響きます。
「釣竿」も、朝になればすぐに「釣り」が出来るように、「セット」した状態で「テント」の近くの安全な場所に立てかけます。
全ての準備が整えば、友人の準備した「晩飯」です。
「晩飯」は「焼肉」でした。
この日は、晩飯が終われば「友人」は、帰宅する予定になっていました。
「友人」の「住まい」は、この川から「20キロ」くらいの距離ですから、「釣れたアユ」を持っての「一時帰宅」です。
なにしろ「釣れたアユ」は「クーラーボックス」に詰めて居るのですが、「氷」も少なく、明日の「食料」も必要になっていました。
友人が帰った時には、あたりは「真っ暗」です。
「これは眠るに限る」。
とばかりに「テント」にもぐり、すぐに「眠り」に付いたようでした。
「真夜中」になって「異常な物音」で目が覚めました。
「誰か」が水を漕いで歩いている音でした。
「チャポンチャポン、チャポンチャポン」。
間違いなく「足音」です。
「こんな真夜中に川に来る人と言えば誰だろう」。
頭の中でいろいろ思い浮かべます。
「投網」を持った人が「投網漁」をやっているのかと思いましたが、こんな真夜中に「投網漁」も変です。
それより、「釣りの仕掛け」が心配です、「オトリ缶」も適当に「水」に沈めただけであり、「釣竿」も「テント」の近くに「立て」かけただけです。
万が一踏まれては大変です。
そっとテントの入り口を開けて「あたり」を見渡したのですが、外は「漆黒の闇」で何も見えません。
「ホーホー」
と声をかけて見ました。
「返事」もありません。
「おかしいな」。
と思ったのですが、「何かの勘違い」と思い、再び「テント」にもぐり横になりますと、
「チャポンチャポン」の水の音です。
しかも、その「チャっポンチャっポン」の水音が「ソフト」な感じです。
「男性」が「川を歩く」のであれば、もう少し「水音が高い」ように思えるのです。 「女性」が川を漕いでいるようにも思えるのです。
「もしかして、女性の身投げ・・・・・」。
「テント」の隙間から「外を覗く」のですが「人影」らしいものは見えず、誰もいる様子がないのです。
「オーイ、オーイ」。
大声で「呼びかけ」ますが、「あたり」は「シーン」と静まり返ったままです。
「頭の中」では、「ことの事態」にいろんなことを「想像」するのですが、「オカシナこと」と「思いつつ」もやがて睡魔には勝てず、再び眠りに付きました。
朝になって起きだしました。
気になるのは、
「夜中に川を歩き回った得体の知れない人」、
のことです。
「オトリを入れる缶」も「釣竿」も異常がないようです。
また、あたりを見渡しても変わった様子がありません。
そして、昨日の「夕餉の焼肉の食卓」に行って、
「これか」。
と思いました。
夕べの「焼肉用」の「コンロ」の周りには、無数の「獣の足跡」が残されていました。砂地に刻まれた足跡は、どうやら「タヌキ」のもののようです。
「焼肉」の匂いにつられてやってきたものと思われます。
「チャポンチャポン」の水音は、川を渡ってやってきた時の「タヌキ」の「水音」だったのです。
「そうか、タヌキに化かされたのか」。
「納得」しながら「朝飯」の準備を始めました。
それにしても、暗闇の中で食べた「焼肉」の「鍋」の中には、おびただしい数の「虫」が「黒く」なって載っていました。
恐らく、「肉」と一緒に、「虫」も焼いて食べていたに違いありません。
それでも「美味」しく頂きました。

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