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2010/6/10

京都の思い出の人達(3)  思い出の人達

前回、紹介したOさんには、まだ忘れられない思い出がある。
当時私がいた会社は前述したとおり、中小企業相手に融資や手形の割引をするのが業務であり、その営業課は、電話セールスの他に飛び込み営業もあった。
中小企業で特に、建築、染物、土木等、手形でやり繰りしていそうな所を手当たり次第に訪問するのである。
そのころ営業課次長だった「立ちんぼ」のSさんは、
「見かけは立派そうなとこでも、中身は火の車、ちゅうところもあるもんや。
これは、という会社を見つけたら迷わず、飛び込んだれ。」
と社員にハッパをかけていた。
解雇される前のOさんは前回の話のとおり、物怖じしない性格なので飛び込み営業も積極的にやっていた。
ある日、Oさんは会社から程近い、四条大宮のあるビルに入って飛び込み営業を始めた。
そして、その中にOさん好みの若い女性が受付をしている会社があったので、迷わずそこに飛び込んだという。
「あ、あ、あのう。」
Oさんはドモりながら、声をかけた。
「いらっしゃいませ。
どういったご用件でしょうか。」
「あ、あのう、わが社のお金を借りませんか。」
「はあ?」
「わが社は手形の割引や融資をやってます。
銀行さんが頼りにならない時も、必ずお役にたちます。
これを機会に当社とお取引しては、い、いかがですか。」
「・・・わかりました。
今、上の者と相談してきますので、しばらくお待ちください。」
そう言って受付の女性は席を立って、奥の方へ行った。
奥の方で話し声が聞こえ、しばらくすると突然、いかにも「893屋さん」に見える男が飛び出してきて、
「おどれぇ、ウチをなめとんのかぁ!」と一喝した。
「と、と、とんでもない。
ただ、当社のお金を使いませんかと言っただけですぅ。」
Oさんは震えながら必死で話した。
「お前、ウチが何やっとるとこか、わかっとるんか。
しばき倒すぞ。コラ!」
「ええっ。」
Oさんは、この会社の看板を初めてじっくり見ると、そこには「消費者金融 日本プ○ム」と書かれてあった。
「す、すみません。
ここが同業者だなんて、し、し、知らなかったんですぅ。」
Oさんは逃げるように帰っていった。
当日の夕方、社内で営業活動の報告を行ったが、Oさんの話に全員、抱腹絶倒した。
そしてしばらくの間、社内ではOさんがしゃべった、「し、し、知らなかったんですぅ。」が流行語になったのである。
・・・
そんな型破りなOさんだったが、今頃どうしているだろうか。
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タグ: 京都



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