音楽、旅、人生観等、好きな事を好きなだけ書き連ねてまいります。 当ブログはリンクフリーです。ご自由にどうぞ。

2010/8/22

京都の生臭坊主達  思い出の人達

私が京都でバーテンダーとして働いていた”メンバーズX”という店には様々な業種のお客が来ていたが、意外と多かったのが僧侶であった。
しかも、有名な寺院の住職クラスの僧侶が多く、いつも羽振りがよかった。
勿論、彼らが来店する時は袈裟や着物を着て来ることはなく、普段着でベレー帽を被ってくることが多かった。
お坊さんだから紳士的な人だろうと言うのは大間違いで、生臭坊主(本来は僧侶が食べることを禁じられていた、魚肉・獣肉などの生臭物を平気で食べる坊主を意味する。そこから転じて、戒律を守らない僧のことや品行の悪い僧のことを言う。 )とは、まさに彼らのことを言うのだと思ったものである。
店の女の子を同伴出勤させて意気揚々と店に来るのは序の口で、女の子が嫌がっているのに、
「店が終わってからワシとつきあえ。」
と閉店までねばってしつこく迫る坊主も何人かいた。
その中には大人しく帰るように促すと、
「ワシを誰やと思っとんじゃあ。」
と逆ギレして店の前で暴れる者もいた。
また、店内で女の子の「キャー。」と言う声が飛び交うと思いきや、気がつくと店のすみでホステスと野球拳をやって自分で勝手にパンツ一丁になっている坊主等、いろいろいた。
そんな時、チーフのK.Tさんは一見、コワモテの外観とは裏腹に、
「せつだくん、わし、かなわんわ、助けてくれえ。」
と言って、1人で頭を抱えてうずくまっているのだった。
・・・
そんな生臭坊主達も多分、昼間は寺や檀家の中では真面目くさった顔で法話を説いたりしているのだろう。
昼の顔と夜の顔と極端に違う多重人格ぶりには、十一面観音も真っ青であるに違いない。
「チーフ、彼らは昼間は木や銅でできた観音様を拝んでいるのに、夜は夜で生の観音様を拝みたくなるというのは、ある意味、強い信仰心の表れなのでしょうか。」
私は生臭坊主の客が去った後、チーフのK.Tさんに真剣な顔をしながら、わざとこう言ってボケたことがある。
「そういやあワシ、M子がN住職と縄手通りの方で歩いてるのを見たことがあるで。」
「あの清純そうな学生アルバイトのM子ちゃんが。
じゃあ今頃、あの不動明王のような形相のN住職によって今まで秘仏だったM子ちゃんの観音様が、御開帳になっているのかもしれませんね。」
私のボケにK.Tさんは引きつったような力の無い笑顔で笑っていた。
1
タグ: 京都 思い出



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ