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2009/10/15

河原町のジュリー  思い出の人達

1980年代初頭、私は京都に住んでいた。
その当時、京都には「河原町のジュリー」という地元では有名なホームレスがいた。
京都の中心的繁華街、河原町周辺を生活圏としていたらしく、私も何度か彼を目撃したことがある。
ボブ・マーリーも真っ青になるようなドレッド・ヘアで上半身は裸、皮膚は垢とほこりで真っ黒だった。
そして、目はいつも虚空を見つめているようだった。
人通りの絶えることの無い繁華街の中をさまよう彼はまるで、インドの雑踏の中でひとり、祈りをささげる行者のようでもあった。
彼の素性については諸説あって、
「彼は裕福な家庭で育ったが、ある日世の無常を知り世捨て人として生きるようになった。」
「会社を経営してたけど、倒産して”こじ○”になった。」
*当時はホームレスということばが一般的でなかった。
・・・などなど。
私が当時勤めていた上司から直接聞いたのは、
「彼はむかし京都大学文学部哲学科の学生だったんやけど、釈迦の研究に没頭しているうちに、とうとう、自分も”出家”してしもうたんや。」
と、いう説であった。
もちろん、どれが本当だかわからない。
そんな「河原町のジュリー」だが、今から20年以上前に亡くなったそうだ。
円山公園のベンチの上で新聞紙にくるまりながら、凍死していたという。
なんと、京都新聞の夕刊には、『さようなら、河原町のジュリー』という見出しで、かなり大きな死亡記事が掲載されたそうだ。
(さすが,地元密着型新聞の鏡。)
そのころ、すでに私は名古屋の実家に戻っていたので彼の死を知るよしもなかった。
・・・
「河原町のジュリー」の遺骨は京都市内の寺に無縁仏として安置されている。
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