2018/11/16

たしゃのくつうへのまなざし  

『…もっとも耐え難いのは「戦争の顔」と題された部分で、顔にひどい怪我を負った兵士たちを写した二四枚のクローズアップ…』、1924年に出版された『戦争に反対する戦争!』に関する記述。あるいは1938年のフランス人監督の『私は告発する』についての記述、その『クライマックスで、ほとんど人目につかぬ隠れた集団である、ひどい姿となったかつての兵士たち―「顔面負傷兵」と呼ばれる―をクローズアップで登場させた』(『他者の苦痛へのまなざし』)

スーザン・ソンタグのこの本にはブレスがない。何故か最初から最後まで息切れしつつ読み終わらなければいけないような、睡眠や食事を除いて。

ゴヤの『戦争の惨禍』に関する記述もあるが、今私たちの前にある戦争はそれとは、死のかたちが違う。

「第一次世界大戦の大きな特徴として、破壊力の大きな武器が初めて使われた戦争であったこと…破壊力が大きい兵器というものはどういうものかといえば、それは、人間をただ殺すだけではなく、人間の身体をバラバラに破壊する
…第一次世界大戦での人間の殺され方は尋常ではありません。…首が飛ぶ。手や足がもげる。つまり、兵器の火薬の爆発力があまりに強いので、身体の一部分がスパッと分離してしまう。そういう死に方、あるいは生き残り方をしたのです。
…たとえ生還しても、目や鼻や足や手や性器を失いながら、場合によっては心を病み、職場にも復帰できず、絶望して自殺を遂げたり、社会の冷たい視線にさらされながら生き抜いた若者もまたたくさんいたことです。」(『戦争と農業』)

ピエール・ルメートルの『天国でまた会おう』を最初読んだとき、顔を失ったエドゥアールの輪郭を理解できないままだった。藤原辰史の本を読んだ後、ソンタグのそれを読んだ後、いかにヨーロッパにおいて二つの大戦が消え去らぬ傷なのかを、私(たち)は認識させられる。なぜこの本がゴンクール賞を受賞したのかを。


『われわれは知らない。われわれはその体験がどのようなものであったか、本当に想像することができない。戦争がいかに恐ろしいか、どれほどの地獄であるか、その地獄がいかに平常となるか、想像できない。』(『他者の苦痛へのまなざし』)

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2018/11/12

みじゅくなみんしゅしゅぎ  

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時として、文章を読んでいて、自分が今まで漠然と考えてきたあるいは思い込んできたことが根底から引っくり返されるような感覚を覚えることがある。この本もそうだ。

『ナチスは…、ヨーロッパの外からやってきた感染症のように思われていますが、あれはヨーロッパの内側から出てきたもの』だと、ここはワイマール共和国の制度の中から合法的にナチスが生まれてきたことは今では共通認識に近いものがあって目新しくもないが、さらに続けてナチス(のキッチン)がある意味『誰もが主権者であるという民主主義の理念にかなっていたし、これまでの民主主義が、切り捨てられた人々のうえでしか成り立っていないという隠された事実を見直すもの』だったと、そして『ナチスは、民主主義の「民」を人種学の名のもとに選別し、人権を剥奪し、殺した』のだと。つまりナチスもある意味で民主主義のひとつの形だった、そしてここからがユニークなのだが、民主主義は限られた境界の内側にいる人々に限定することで成り立っていると。この記述は、漠然と民主主義を盲信してきた者にとっては少しく衝撃的であった。
現在の難民問題に揺れるヨーロッパをその視点から捉えれば、それらの国家の排除の論理と彼らの民主主義とは整合性があって、そこにはナチスから連続した「理念」、遡ればヨーロッパ諸国がその植民地、特にアフリカで行ってきた奴隷制度から連綿と繋がっている、と言うことも出来るのではないだろうか。
彼らの行ってきたその蛮行が反転して彼らの平安な生活を脅かしている時、彼らは歴史を忘れてあるいは知らずに、排他を叫んでいるのだ。それはこの私たちも同じなのだが。
そしてその排他とは、私たちの今持つ民主主義においては当然のあるいはその限界性の表れなのだ。

既成の民主主義が試されているという考えもあるだろう。そこには前提として成熟した民主主義という幻想が横たわっている。
だがこうも考えることが出来ないだろうか?私たちの眼の前にあるのは未熟な民主主義であって、その未熟な民主制をいかに成長させることができるのかを、私たちは試されているのだと。

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2018/11/8

インビジブルズ  

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トレーラーの最初に、主人公のひとりがドイツ軍将校に「ユダヤ人じゃないのか」というからかいの言葉を投げつけられて「ベルリンにはひとりのユダヤ人もいないのでは」と返すところが、彼女はユダヤ人であるのに。
邦題ではなくDIE UNSICHTBAREN、英語ではインビジブルズ、その方が映画の内容に適している。インビジブルとはそういうことなのだ、存在するのに存在しない。ホモ・サケルとはまさにこの人たちだ、そして私たちでもありうるのだ。



もう一度劇場で確かめながら観なおしたいと思った。

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2018/11/3

フォックストロット  

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ポスターはないとのことで、フライヤーを。



最初から先入観が纏わりつく。イスラエルへの偏見、あるいは歴史的な真実に近いもの、とでもいうべきもの。それがあって最後まで共感を覚えない。さらに、冗長さに眠りをこらえるような二幕目が続く。

人口国家においてその内部の出来事を「ギリシャ悲劇の三部構成」で表したと語られても、周縁への加害が生み出している多くの悲惨な状況を前にして、それが語るべき、それを「悲劇」と呼ぶほどのこと、なのかさえわからない。

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タグ: 運命は踊る

2018/10/30

ポチョムキン  

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ビューティ・インサイドを観ている時に浮かんだのは建築的にロースのこと。単純に、表装が変化する「彼」からロースの装飾についての文章を思い出しリンクするかなと。


映画はそのほとんどを視覚に頼っている。眼を開いているかぎりそれは強制的にそれを観ているものを襲う。ラジオが聴覚を襲ったように。教会のなかの讃美歌、貴族の室内楽、交響楽団のコンサート、ゲッペルスの狂信的な演説、オーソン・ウェルズの火星人襲来。次に視覚へ。壁一面に飾られたコレクション絵画、美術館、キネトスコープ、無声映画、トーキー、テレビジョン。徐々にしかし確実に私たちは浸食されている。ケータイからスマホへの変遷はある意味、その表徴だ。浸食されているのは五感、表現的にあるいは表情的に。だが本当に浸食されているのは私たちの自立した思考性だ。まる洪水の中にある家々のように泥水に襲われて身動きが取れないように。テレビで観る災害現場は私たちから泥水に浸る肉体の感覚を感じさせず(喪失させ)でも実は私たちの思考を奪っていく。視覚の領域の拡大は他の感覚の領域を相対的に減少させる。

ビューティ・インサイドは視覚的な変化を、変化する前とその後によって伝えている。そこに欠けているものはなにか?「彼」Aは「彼」Bへと変わって、「彼」Bは「彼」Cへと。変わらないとこの映画のプロットは成り立たない。肉体が変化するがインサイドは同一であると。では、この同一性を保証しているのはなにか?

基本的な問題は受容される、させられているということだ。受容は快楽的だ。そして依存的でもある。痛みのない暴力シーンは暴力を助長する。ゲームの世界は他者への暴力の躊躇を失わせる。バイオハザードやエイリアンの主人公は何度でも再生することで死を忘却させる、暴力の延長線上の死を。起こった事実を虚像にみせてしまう、それはキャパの写真のようなトリックだ。シナリオで描かれた構図が事実として伝えられることは、逆の作用も引き起こす。ポチョムキンがエカチェリーナを騙すためにボール紙にペンキで描いた村は、映画のセットとなりディズニーランドそのものへとなっていく。ボール紙がハリボテになりそしてバーチャルへと変質していく。表現が巧妙になっていくが、その以前から、それが始まってからなお、私たちは約束事のようにそのまがいものをフィルターを通して実物へと置換して認識してきた。

ポチョムキン都市としてロースが語っているのは「わが愛すべきウィーン」であって、「ローマやトスカーナにある石の邸宅のように…あるいはウィーンバロック建築のスタッコ風を騙っている」のは「セメントを固めてつくられたものである」と口舌鋭く批判している。彼にとっては様式のコピー、それも偽物の材料によって「フォルム」されたものなど唾棄すべきもので、「芸術家の使命はまずこの新しい材料のために新しい形態言語を見つけることにこそ」あるのだと。

問いへ戻ろう。「彼」Aが「彼」Bへと変わっていてもその同一性を証明しているのはなにか?
それはその変化の過程である。映画ではその部分は描写されていない。たぶんそれはアグリーを避けるためだろう。だがそのアグリーこそが、「彼」Aと「彼」Bのインサイドが同じものであることの証拠なのだ。

前述の同一性を引けば、ロースが批判するセメントで出来た「御影石やスタッコ」を纏った建物もその本質は変わっていない、ということになる。ロースが否定した装飾もその考えでいけば、本質になんら影響を与えない、あってもなくても問題ないものだということになる。

ロースが過剰に装飾を否定したのは、装飾を否定するためだけではなく、「芸術家の使命」「新しい材料のために新しい形態言語」を主張するためだったのではないだろうか?



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