2006/10/22

21/10  
3年前のこの日、パリに降り立った。雨がそぼ降る寒い秋で、日本から送った3パッキンの冬物の洋服は遅々として到着せず、薄いジャケットの重ね着をしていた。公衆電話のボックスで指がかじかんでいたのを思いだす。
 移動遊具のあるヴォルテールの駅前電話ボックス、携帯の普及でパリも昨今公衆電話が減ってきたが、あそこのボックスはまだある。汚くて冷たくて濡れていて、これからどうなるんだろ、と思っていた。
 そうすると、今年は暖かいかなぁ。晴れ間ものぞいているし。
先週「ベルばら」のような人々が、ウチの前を練り歩いていて急いで撮影したんだけど後姿のみになってしまった。劇団かなんかのマニフェスターションだったのかな。バスティーユの方からやってきました。つまり、革命当時の扮装で、砲台も引っ張って、まさに「ベルばら」な人たちだったの。いちおう、写真。なかなかよい眺めであった。
今度の正月はニッポン。4年ぶりの正月かぁ。てことは今年はフォアグラとシャンパンは無しかー。日本酒漬けになってやるぅ。クリックすると元のサイズで表示します
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2006/10/23  10:25

投稿者:Tomo
「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」“Qu'ils mangent de la brioche”は、マリー・アントワネット自身の言葉ではないようですね。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』に記述があります。(URLが長いので下記に抜粋を載せておきますね)

ジャン=ジャック・ルソーの『告白』(1766年頃執筆)の第6巻に、ワインを飲むためにパンを探したが見つけられないルソーが“家臣からの「農民にはパンがありません」との発言に対して「それならブリオッシュを食べればよい」とさる大公婦人が答えた”ことを思い出したとあり、この記事が有力な原典のひとつであるといわれている。

アルフォンス・カーは、1843年出版した『悪女たち』の中で、既にマリー・アントワネットの発言であるとして流布していたこの言葉は、1760年出版のある本に「トスカーナ大公国の公爵夫人」のものとされていると、書いている。

2006/10/23  4:22

投稿者:you
Tomoさん、撮影日を確認したところ、10月15日でした。アントワネットの処刑の日にちなんでいたのでしょうか。きっとそうですね。ミュゼ・カルナヴァレでアントワネットの白髪を見たときは、悲しかったなぁ。37歳でしたか、あんなに髪白くなっちゃうのかと。
「パンがなければお菓子をたべればいいじゃない」とホントに言ったのでしょうかねぇ。カペー未亡人

2006/10/22  22:50

投稿者:Tomo
フランス革命で10月のイベントとしては、10/5にパリの主婦層を中心に「パンをよこせ」とベルサイユに押し入った事件と、10/16のマリーアントワネットの処刑といったところのようですが...。

Tomo

P.S.日本のお正月はフォアグラは無理でも、シャンパンとイチゴ程度ならなんとかなるかもね。でも山上さんは日本酒漬けになりたいんだね、きっと。 ^^

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